亡き母を想う母の日

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こんばんは!雨がかなり降って寒くなってきて、みなさん雨にあたりませんでしたか?

今日は母の日でしたね〜

私の母は、私が6歳の時に急性肺炎で、虹の橋をわたり、お星様になりました。お星様になったと父から告げられた日の事だけは、今でもはっきり覚えています。その時母は26歳 若すぎるね

あっごめんなさい、暗い話で((( ;゜ Д ゜)))

3年前に父と子供たちと4人でお墓前り

私は母の顔を全く覚えていません なぜなんだろう 当たり前ですかね、だって私はまだ6歳だったから、記憶が全くないの

ある記憶は、白い着物を着せられた母が家で目を瞑っている姿の記憶だけは、今でも鮮明です

まもなく父は再婚したで、新しいお母さんがいる手前、亡くなった母の事を聞くに聞けなくなって、ずーっと母はどんな人だったんだろうって思ってました もちろん、母方の親戚とは疎遠になったので、誰にも母の事を聞く事が出来なかった

私が社会人になって暫くした頃、私の妹のがヒョンなことから、母の兄の友達だと言う人と知り合いになり、妹が、母の兄や、親戚の方と会うことができたようです

やっと母の事が聞ける!

私と妹が一番知りたかった母の事、

「あなた達のお母さんは、優しい人でね、自分がお腹が空いていても、困っている人に分け与える優しい人だったよ」と教えてくれたそう

無くなる最後の言葉は「まゆみと、まなみをよろしく」だったと

この言葉を聞いて、正直かなり、嬉しくて

「愛されていたんだ。」ってわかったから

母が亡くなってから、ずーっと社会人になるまで、まあ結構と色々とあったから、早くに私達を置いて死んでしまった母をうらんでいた事もありました。「なんで死んだのよ」と。

母との記憶が一個もないから、

愛してもらっていたと、聞いたときは、嬉しかったなぁ

そんな私も今は母になる事が出来、手探り状態で育てた子供も2人成人し、子育てもそろそろ卒業です。ってゆうか、私がこの子達に育てられたのかも 笑

社会人になった息子が、はじめて、お花をくれました なんか、いざお花とかもらうと、かなり、照れます!

おかあさん、あなたの初孫は元気に頑張ってますよ

生きていたら、この輪の中にいてほしかったなあ

お母さんありがとう。私はまた(*/▽\*)しばらくこちらにいますから、迎えにこないでね〜〜笑笑

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山本 真由美
北海道生まれ。某化粧品会社に7年在籍後、美容師となる。1999年世田谷区経堂にHAIR Couleur Claireをオープン。NPO法人日本ヘナ協会プロフェショナルの資格を取得。天然100%ヘナを始めヴィーガン認証パーマなど優しい素材でお客様の毎日が楽しくなるヘアスタイルを提案しています。
山本 真由美

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